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キリサキゴシップ

これは 桐前バツ という男の きわめてどうてもいい 世間話をひろいまとめた 手記である

ラブライブ!The School Idol Movie特典CD「これから」歌詞考察ver.桐前

ラブライブ劇場版Blu-rayを購入しました。

 

特典がたくさんついていてとても満足。

先日書いたエントリで、「今年買って良かったモノ」を挙げたが、これもやはり本当に良かった。本当に良かった!

 

butskirisaki.hateblo.jp

 

ファンミ映像があったり、映画館でコンプリートできなかった劇場注意のコマーシャル(ミニドラマ)がついていたり、公野櫻子先生書き下ろし小説まで、至れり尽くせりな内容でした。

そんな特典盛りだくさんだった中でも、桐前が最も「うひょー」と唸ったのが特典CD。これまでも、アニメ本編Blu-rayには特典楽曲が封入されてきたんですが、劇場版にも一曲だけ収録されていました。

〈これから〉

そう名付けられたこの曲は、劇場版本編を観た者の、胸をつく楽曲に仕上がっています。手にする機会があればぜひ聴いてほしいものですが、ぼくはこれにとても感激したので、その胸中を綴っておこうと思います。

 

畑詞

ぼくがまず抱いた感想は、やはりその歌詞の素晴らしさでした。

作詞の畑亜貴さんはラブライブ楽曲をおひとりで、そのすべてを担当され(いつ寝ているのか)ラブライブという作品の柱を、太く太く紡いでこられました。そこには畑さんが込めた一本の「正解」があるのかもしれません。小説のようにたくさんの言葉を用いるでもなく、映像を連ねるでもなく、もっと短い「詞」で5年にわたる長く険しく儚いミューズたちの物語を描き出してきたのです。勝手な解釈を語ること自体がおこがましいものである気がします。

それでも、この劇外歌。(あえてそう呼ばせて頂きます)「正解」はひとつじゃない気がするのです。そういう気持ちにさせてくれる曲なのです。

もちろん、この曲以外にも「正解」はひとつではないですよ。という思いを込めて描かれた楽曲は数多くあるのでしょう。でもそれを、「今」「このタイミング」で「劇場版の特典として」リリースされたことに意義があるような気がしてならないのです。

 

4つの「時」が入り混じる劇外歌

ぼくが気にしている「時」について。

アニメDVD特典CDでは、いままでラブライブでもキャラクタソングが多くリリースされました。その物語で描ききれなかった心情をさらに深掘りするのに効果的なキャラクタソングですが、ソロばかりでなくユニットという形や、各期の最終巻にはミューズとして歌うものも出されてきました。(コラボCDなどはひとまず置いておき)

ユニットであれど、ミューズであれど、それは明らかにキャラクタソングなのです。ご多分に漏れず、この劇外歌「これから」も、アニメ本編におけるキャラクタの心情を歌い描いたものでした。

いや劇中歌もキャラの心情を描いていますけどね。より深く、本編で描けなかったものということですね。

ただ裏を返せば、「本編では描くことをあえてしなかった」部分とも言えるかもしれません。

ぼくが4つの「時」と言ったのは、そういう観点でとらえたときに、本編中のどこの時点でキャラたちが歌い、歌詞自体はどこの心情を描き出しているのかが、浮かび上がってきたからなのです。それが4つくらいあると。ここの時点だ!とは断定できないですけれども。

では、4つの「時」について解釈を以下、述べていきます。

 

1「劇場版本編の全てが終わったそのさらに後」

 タイトルのとおり、そして発表されたタイミングを鑑みてのとおり、劇場版本編のエンディングを迎えたあとのいつか。

「だいぶ遠いところへ来た」「季節は巡る変わっていく」そして懐かしく感じる、明日のことを語った夕空。

そう語るミューズの面々の顔が浮かぶ歌詞です。

それは近い未来のことかもしれない。

遠い未来のことかもしれない。

でもきっと、いまを求めてきたミューズの「時」からは進んでしまった「時」のこと。

そんな時間の流れをほうふつとさせる、過去を振り返っているかのような歌詞たち。

劇場版本編を視聴して、そのあとに曲を聴くと、まずはじめに本編以後の時間を感じられることでしょう。

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Amazonさんの限定BOXに付属してあった絢瀬絵里イラストは、彼女の未来の姿を描いているものなのかもしれません。

 

2「劇場版本編でミューズが過ごした期間」

3年生たちは卒業式を終えた。

春。きっと3月のこと。

もう4月には、こことは違う場所で時の流れに身をゆだねることになる。

けれど、そこへ飛び込んでくるドームライブのニュース。

ミューズのステージはまだ、終わっていなかった…!

というのが、劇場版本編のおおまかな導入部分です。

さらに慌ただしく駆け抜けていく3月。その中で彼女らは再び、ある決断を迫られるのですが、そこに至るまでの期間。それを本編では描いており、その中で生まれてゆく思いも、劇外歌にて語られているのです。

廃校の危機にはじまり、スクールアイドルの頂点を目指したミューズたちの物語は、そこをはるかに飛び越えて、想像だにしないスケールへと膨れ上がっていく。

そんな場所まで来てしまった僕たちだけど、扉を開ければほら。いつもと変わらないみんなの笑顔。過去と未来とが、いまがどこなのかが分からなくなって、ずっと夢の中にいるような錯覚に陥ってしまう。

けれど、「みんな同じ気持ちだよね」

だから、「これから」も流れていく「時」を受け入れられるよね。

2の時点では、そう歌われている気もします。

 

3「卒業式~愛してるばんざーい!~」

TVアニメラブライブ2期最終話。感動の卒業式。

愛してるばんざーい!在校生から卒業生へ贈られた劇中歌がありました。この演出に涙したひとは多いのではないでしょうか。

さてその場面がどう関係しているのかというと、問題はそのあと。

アイドル部の引継ぎと、校内を巡って、行きついた「あの場所」

ミューズひとりひとりにとって大切になったその場所で、「これまで」と「これから」が綯い交ぜになった想いにとらわれる穂乃果。とっさにモップで描いたミューズの文字。それはいつでも描くことができる、けれど時間と共に消えてしまう。振り返ると輝かしい思い出ばかりで、扉を閉める穂乃果は「成し遂げた」という思いを胸に、進んでいった。

そして流れる劇中歌。ここです。あれ?と思いました。

TV本編放送時には気づかなかったことですが、劇外歌を聴いたいま。あれ?と思ったのです。

劇中歌に使用されたのが「Oh,Love&Peace!」

5th singleであるWonderful Rushのカップリングとしてリリースされた楽曲です。

当時は、グッドチョイス!と親指を立てたのですが、何と言いますか、確かに合っています。合っているのです、が!

ちょっと遠いんですよねこの歌詞。遠くから「当て込んでいる」印象なんですよね。今となっては。

直前の場面までで、散々「時間」の動きを語っておいて、そこに関しては劇中歌Oh,Love&Peace!での補足が弱いんです。

そこで仮説を立てます。

すると、この3つ目の「時」を語っているようだと解釈に至ったのですが。

仮説「Oh,Love&Peace!は、元々このタイミングで流れる劇中歌ではなかった」のではないか?ということ。

本当にここで流れるべくだったのは、「これから」だったのではないか?

そしてエンドロール。

すっぱりとTV本編は終わりを迎える予定だった。

TVアニメ1期でも同じだったはずですが、2期があると思って1期って作られていないんですね。ということは、2期も同じくで。

劇場版があると思って2期は作られていないわけです。

とすると、どうなるかというと、あるはずのなかったCパートが作られ、劇場版へのつなぎの役割を果たす。そしてOh,Love&Peace!で終わると思われた物語は、「Happy maker!」へと舵を大きく切ることとなる。その演出に視聴者一同、心躍らせるのである。

つまり、「これから」という楽曲は、劇外歌ではなく、劇中歌として封切られる予定だった楽曲なのではないか。そういった仮説へ着地したのです。

楽曲自体、歌詞もそうですが、そもそもの曲調は卒業ソングのよう。

メロでひとりひとりが歌い繋ぎ、サビで力強く響かせるハーモニーに「最後」だなと感じさせてくれる曲に仕上がっています。

劇外歌は、劇中歌としてすでに完成していたのではないでしょうか。出す機会を失ってしまっただけで。

 

4「TVアニメ本編のミューズ結成後から最終回まで」

最後に、この「時」が内在しているのではという念に駆られてから、歌詞で描かれている「時」が複数あるという解釈を捨てられなくなったんですけれども。

ミューズが結成されてから、メンバーみんなが漠然と、しかし時を経るにつれて色濃く思い抱いていた感情。それを綴ったものでもある気がしたのです。

いまが最高。それ以外を考えたくない。

メンバーがふとした瞬間に感じた寂しさ。それが次第に大きくなっていき、いつしか、ほかのメンバーにも同じ思いが芽生える。みんなで同じ気持ちを何とは言わずに抱き続けてきたからこそ、ミューズの最後は儚く、しかし花のように輝いていたのだと思います。

TV本編中で最初の方からあえて語ってはいません。でもずっとミューズの気持ちの中にも、我々視聴者の心の中にも、「終わり」というのは意識されてきましたし、させられてきました。そういう表現を観ている人たちに刷り込ませて、劇場版。その最後のシーン「僕たちはひとつの光」へとつながっていく。そこで、「僕たちは」最大級の感動を得ることになったのです。

冒頭でお話しました。キャラクタソングが担うのは、本編では語りつくせなかったキャラたちの心情を露わにすること。

そういった解釈のもと、CDを聴くと、なんだか物語のはじまりから、こういうことが表現したかったんだよと、明かしてくれている気がしてならないのです。

3で、すでにこの劇外歌は完成していたと話しましたがその通りで。この曲が語る場所へ向かいたくて物語が進んできた。もしかするとTVアニメが放送開始される以前からこの楽曲は完成していたのかもしれない。諸般の事情が重なり、予定として劇中で流すわけにいかなくなり、劇場版ですべてを語り終え、それでもまだその余韻は観た人の心で赤く燃え残っている「今」「このタイミング」で「劇場版の特典CDとして」リリースするしかなかったのではないか。

そんな考えにも至ったわけなんです。

 

「時」を語る少女

どうしても「だいぶ遠いところへ来た」という歌詞のインパクトが強すぎてこのような考察へと行き当たってしまいました。

「遠い」の解釈は、登場するキャラそれぞれで違うことでしょう。だから、ぼくが語りました「時」っていうのは4つだけじゃないと思うんです。きっとそれは無数にあって、聴いたその人が感じた「時」が、みんなそれぞれの「最高の今」「最高の瞬間」なんじゃないかな。

その「時」を切り出していたのが、ラブライブという作品で、ミューズという存在だったのかもしれない。そんなようなことを考えさせてくれる一曲でした。

ありがとうございます。その一言に尽きます。

 

5「時」という概念の存在しない可能性世界

長々と書き連ねてきた考察を、最後までご覧くださり誠にありがとうございます。

考察は4つの可能性を示唆して終えますが、5つ目。

「時限」を超えたもうひとつの可能性。もしかしたら、これも……?

走り書きです。お目汚し、失礼いたしました。

 

「これから」という曲。

劇外歌? 劇中歌? 時の概念。ない? 最後の可能性。。。

そもそも、ミューズの主観ではないのかもしれない。

歌っているのはミューズだけれど、これは「観ている、応援している僕たち」の主観を表現しているのでは?

光を追い続けていく「君」は、テレビのこちら側からみた「ミューズのこと」をあらわしている? 

そう仮定すると、

「僕」は視聴者で「君」はミューズ。

「僕」も「君」もいつもどおりあの場所で待ってる。

時が経てば、色々なものは変わっていく。それは自然なこと。現実の世界でも同じだ。

でもちょっと寂しく思っちゃうよね。変わっていくことは寂しいもの。名残惜しい。けれども……。

「君」が目指した輝かしい場所まで、ずいぶんと遠くにまで来たね。

「君」も同じ気持ち? 

うん、「僕」も「僕たち」みんなも、きっと同じ気持ちだよ。

みんな、いつもどおり、あの場所で待ってる。

 

ラブライブという、約束の場所で―